「うつけ者」の王子が、ウェールズ全土を治める唯一の王に。鍋の肉で目覚めた『グリフィズ・アプ・ラウェリン』

ウェールズの長い歴史を見渡しても、ウェールズのほぼ全域を治めた王は、ほんの数人しかいません。
では、ウェールズ全土を、すみずみまで一人で治めた王は? 紀元前から、ウェールズがイングランドに征服される13世紀の終わりまでを見ても、答えはたった一人です。
その王の名は、グリフィズ・アプ・ラウェリン。ところがこの人、若いころは、家族があきれるほどの怠け者だったと言われています。そんな青年を変えたのは、なんと鍋の中の肉のかたまりでした。
今回は、戦乱のウェールズを駆け抜けたグリフィズの生涯を、ゆる〜くご紹介します。
なお、これからお話しする内容は、中世の年代記や伝説などをもとに僕の解釈も加えたものです。物語としてお楽しみください。
国を追われた、王の息子
11世紀のウェールズは、北のグウィネズ、南西のデハイバース、南東のモルガンウィグなどに分かれ、王の座が家から家へと目まぐるしく移り変わる、戦国時代のような状態でした。
グリフィズは1010年ごろ、北のグウィネズに生まれました。父はラウェリン・アプ・セイサル。北と南の両方を治め、「国じゅうに貧しい人が一人もいない」と年代記に書かれた王です。母のアングハラドは、名高い王マレディズ・アブ・オウァインの娘。さらにさかのぼると、ハウェル善王の血も引いています。
ところが1023年、父ラウェリンが突然亡くなります。グリフィズはまだ少年でした。
北のグウィネズに戻ってきたのは、イアゴという男でした。イドワル・ヴォエルの子孫で、グウィネズの本家にあたる家の人です。こうして父の国は、別の家の手に渡ってしまいました。
「ウェールズのうつけ者」
ふつうなら、ここから「父の国を取り戻すぞ!」と燃える場面ですよね。やられたらやり返す、奪われたら奪い返す。それが戦乱の世の常識です。
ところが、若いころのグリフィズは、まったくそういうタイプではありませんでした。争いはまっぴらごめん。毎日をのんびり、だらだらと過ごしていたのです。
とうとう、姉がしびれを切らします。伝説によると、ある大晦日の夜、姉は涙ながらにグリフィズを責めました。「あなたはいつまでそうしているの」と。
さすがに居づらくなったグリフィズは、ぷいっと家を出ていきました。
鍋から何度も浮かんでくる肉
あてもなく夜道を歩いていたグリフィズは、ある家の壁にもたれかかりました。中からは、料理のいい匂いがしてきます。
家の中では、料理人が大きな鍋で肉を煮ていました。そして、何やらぶつぶつ文句を言っています。
「なんだこの肉は! 何度沈めても、ひとつだけ浮かんでくるじゃないか!」
この言葉を聞いて、グリフィズははっとしました。
何度沈められても、また浮かび上がってくる肉のかたまり。それは、自分がこれから進むべき道を教えてくれているように思えたのです。押さえつけられても、また浮かび上がる。父の国を奪われたままで終わってたまるか、と。
この話は、12世紀の作家ウォルター・マップが書き残したものです。

1039年、ついに父の国へ
目を覚ましたグリフィズは、仲間を集め、力を蓄えて、チャンスを待ちました。
そして1039年、そのときがやってきます。グウィネズの王イアゴが、自分の家来たちに殺されたのです。グリフィズはこのすきを逃さず、北のグウィネズと東のポウィスを手に入れました。父の死から16年。30歳ごろのことです。イアゴの息子コナンは、海を渡ってアイルランドのダブリンへ逃れていきました。
王になったグリフィズは、さっそく実力を見せつけます。同じ1039年、イングランドのマーシアの軍勢を、セヴァーン川のほとりのリド・イ・グロエスで不意打ちし、打ち破ったのです。この戦いで、マーシアを治める伯爵の弟エドウィンまで討ち取りました。
あの「うつけ者」が、いきなりイングランドの軍を破る王になったわけです。

南の国を奪い、奪われ
北を手にしたグリフィズは、次に南西のデハイバースに目を向けます。デハイバースを治めていたのは、ハウェル・アプ・エドウィンという王でした。
1041年、グリフィズはペンカデルの戦いでハウェルを破り、なんとハウェルの妻まで奪って、自分の妻にしてしまいます。翌1042年にも勝って、ハウェルを追い出しました。
妻まで奪われたハウェルが、黙っているはずがありません。1044年、ハウェルはアイルランドからヴァイキングの船団を連れて、ティウィ川の河口に攻め寄せてきました。
でも、グリフィズはこれも打ち破ります。ハウェルは戦死し、グリフィズはデハイバースを守り抜いたのでした。
手ごわいもう一人の「グリフィズ」
ところが、今度は南東から新しい敵が現れます。
南東のモルガンウィグとグウェントを治めていた、グリフィズ・アプ・リデルヒ。父のリデルヒは、グリフィズの父ラウェリンが亡くなったあと、デハイバースを奪っていった人です。そう、同じ名前のグリフィズが二人、ウェールズの南をめぐって争うことになったのです。
1047年、グリフィズはこのもう一人のグリフィズに敗れ、デハイバースを追い出されてしまいます。さらに、側近の兵140人がだまし討ちにあうという事件まで起き、デハイバースは取り戻せないままでした。
ふつうなら、ここで心が折れてもおかしくありません。でも、グリフィズはあきらめませんでした。何度沈められても浮かんでくる、あの鍋の肉のように。
1055年、ついにウェールズ全土へ
8年後の1055年、グリフィズはふたたび南へ攻め込み、宿敵グリフィズ・アプ・リデルヒを戦いで討ち取りました。こうしてデハイバースを取り戻します。
同じ年、グリフィズは国の外にも目を向けました。手を組んだのは、政争に敗れて領地を取り上げられていたイングランドの貴族エルファガー(のちのマーシア伯)。二人はイングランドに攻め込み、国境の町ヘレフォードを焼き払いました。グリフィズはエルファガーの娘エアルドギースを妃に迎え、二人の結びつきはますます強くなります。
そして、グリフィズは南東のモルガンウィグとグウェントも手に入れます。1057年ごろには、ウェールズ全土がグリフィズ一人に従うようになっていました。
ウェールズの歴史家ジョン・デイヴィスは、こう書いています。ほんの7年ほどのあいだ、ウェールズは一人の王のもとでひとつになった。それは前にも後にも例のないことだった、と。

ハロルドの逆襲と、あっけない最期
ところが、この統一は長くは続きませんでした。
1062年ごろ、頼みの綱だったエルファガーが亡くなります。すると、そのすきを突くように、イングランドの実力者ハロルドが動きました。のちにイングランド王ハロルド2世になる人物です。
1062年の暮れ、ハロルドは北ウェールズのリズランにあったグリフィズの館を急襲します。グリフィズは間一髪、船で海へ逃れましたが、残った船はすべて焼かれてしまいました。
翌1063年には、ハロルドの船団が南から、弟トスティの軍が陸から、ウェールズに攻め込んできます。追いつめられたグリフィズは、北ウェールズの山岳地帯スノードニアへ逃げこみました。
そして1063年8月5日、グリフィズは命を落とします。殺したのは、自分の家来たちだったと言われています。一説には、イアゴの息子コナンの手にかかったとも。アイルランドに逃れて24年、コナンが父の仇を討った、ということなのかもしれません。
グリフィズの首は、ハロルドのもとへ届けられました。

その後のウェールズ
グリフィズが亡くなると、ウェールズはまたたく間にバラバラに戻りました。北のグウィネズとポウィスは、異父弟のブレディン・アプ・カンヴァンたちのものになり、ハロルドはグリフィズの未亡人エアルドギースを妻にしました。
でも、そのハロルドも1066年、イングランド王になった年に、ノルマンディー公ギヨーム(ウィリアム征服王)に敗れて戦死します。イングランドはノルマン人のものになり、やがてウェールズも、ノルマン人の侵略にさらされていくのです。
グリフィズ・アプ・ラウェリンはどんな人物だったのか
最後に、グリフィズの生涯を年表でおさらいしておきましょう。
- 1010年ごろ:グウィネズに生まれる
- 1023年:父ラウェリンが亡くなり、グウィネズはイアゴのものに
- 1039年:イアゴが家来に殺されたすきに、グウィネズとポウィスを手に入れる。リド・イ・グロエスでマーシアの軍を破る
- 1041年:ペンカデルの戦いでデハイバースのハウェルを破り、ハウェルの妻を奪う
- 1044年:ヴァイキングの船団を連れて戻ってきたハウェルを破り、討ち取る
- 1047年:グリフィズ・アプ・リデルヒにデハイバースを奪われる
- 1055年:グリフィズ・アプ・リデルヒを討ってデハイバースを取り戻す。エルファガーと組んでヘレフォードを攻める
- 1057年ごろ:モルガンウィグとグウェントも従え、ウェールズ全土の王に
- 1062年:エルファガーが亡くなり、ハロルドがリズランを急襲
- 1063年:スノードニアで命を落とす
若いころは「うつけ者」と呼ばれた王子。でも一度目を覚ましてからは、負けても、追い出されても、何度でも立ち上がりました。年代記は彼を「ブリトン人の頭であり、盾」とたたえています。
もちろん、ただの英雄ではありません。人の妻を奪い、敵の土地を荒らし、ライバルを次々と倒していった、なかなか荒っぽい王でもありました。ウォルター・マップによると、グリフィズは「人を殺しているのではない。ウェールズの子らの角を丸めて、母なる国を傷つけないようにしているだけだ」とうそぶいていたそうです。
それでも、彼が国をまとめていた数年間、ウェールズの内側では争いがやみ、平和が訪れたと言われています。何度沈められても浮かんでくる鍋の肉。グリフィズの生涯は、まさにそんな人生でした。
グリフィズが活躍した時代の流れは南北朝時代の記事で紹介しています。父の物語はラウェリン・アプ・セイサルの記事、母方の祖父の物語はマレディズ・アブ・オウァインの記事もどうぞ。





