岩から剣を抜いた少年は、ローマ皇帝まで倒した。そして……。アーサー王物語と聖杯伝説のあらすじを、最初から最後までゆる〜く

岩に刺さった剣を、誰も抜けない。力自慢の騎士たちが顔を真っ赤にしても、びくともしない。そこへやってきた一人の少年が、すっと剣を引き抜く――。
アニメや絵本でこの場面を見て、「かっこいい!」と思ったことはありませんか? 僕は子どものころからこのシーンが大好きで、ずっと憧れていました。
この少年こそ、のちのアーサー王。名もない若者がいきなり王になり、仲間の騎士たちとブリテン島をまとめ、ついには海を越えてヨーロッパまで勢力を広げていく。まさにサクセス・ストーリーです。
でも、アーサー王物語のすごいところは、そこで終わらないところ。頂点まで昇りつめた王国は、あっという間に崩れていきます。
今回は、アーサーの誕生から最後の戦いまで、そして有名な「聖杯伝説」まで、アーサー王物語のあらすじをひと通りご紹介します。
なお、これからお話しする内容は、中世の物語や伝説をもとに僕の解釈も加えたものです。アーサー王物語には書き手によってたくさんのバージョンがあるので、ここでは主に、15世紀のイングランドでトマス・マロリーがまとめた『アーサー王の死』の流れに沿って進めます。物語としてお楽しみください。
始まりは、王さまの「横恋慕」だった
アーサーの父親は、ブリタニアの王ウーサー・ペンドラゴン。ブリタニアというのは、今のイングランドとウェールズにあたる地域の昔の呼び名です。
このウーサー王、家臣であるコーンウォールの領主ゴルロイスの妻、イグレーヌにひと目ぼれしてしまいます。家臣の奥さんに、です。当然ゴルロイスは怒り、妻を海辺の城ティンタジェルに隠して、王と戦いになりました。
そこでウーサーが頼ったのが、魔法使いマーリン。マーリンはウーサーの姿をゴルロイスそっくりに変え、ウーサーはまんまとティンタジェル城に入り込みます。イグレーヌは夫が帰ってきたと信じて疑いませんでした。
ところが、まさにその夜、本物のゴルロイスは戦場で命を落としていたのです。こうしてイグレーヌが身ごもった子が、アーサーでした。

なんとも強引な話ですよね。でも、強い者が欲しいものを手に入れる。物語の中のこの時代は、そんな世界として描かれています。
岩の剣を抜いたのは、名もない少年だった
じゃあアーサーは王子さまとして大事に育てられたのかというと、そうではありません。
マーリンは魔法を貸す代わりに、「生まれた子を自分に渡すこと」という約束をさせていました。赤ん坊のアーサーは身分を隠したまま、騎士エクトルの家に預けられ、エクトルの息子ケイと兄弟のように育ちます。
やがてウーサー王が亡くなると、後継ぎがはっきりしないまま、国は大混乱。そんなとき、ロンドンのいちばん大きな教会の墓地に、不思議なものが現れます。大きな石の上の鉄床(かなとこ)に突き刺さった一本の剣。そこには「この剣を抜いた者こそ、生まれながらの正しい王である」と刻まれていました。
腕自慢の騎士たちが次々に挑戦しますが、誰ひとり抜けません。
アーサーが剣を抜いたのは、実はちょっとした偶然からでした。馬上槍試合に出る兄ケイが剣を宿に忘れてしまい、取りに戻ったアーサーは宿が閉まっていて困り果てます。そこで目に入ったのが、教会の墓地の剣。「これでいいか」と軽く引っぱると、するりと抜けてしまったのです。

もちろん、偉い騎士や領主たちは「どこの馬の骨とも分からない少年が王だなんて」と認めません。何度も試し直しが行われましたが、抜けるのはいつもアーサーだけ。とうとう人々もアーサーを王と認めました。
円卓の騎士とエクスカリバー
ただ、王になってもすぐに安泰、とはいきません。アーサーを王と認めない王たちが各地で反乱を起こし、北からはサクソン人も攻めてきます。アーサーはマーリンの助けを借りながら、ひとつずつ敵を倒していきました。
その途中で、北ウェールズのリエンス王に攻められていたキャメリアードのレオデグランス王を助けます。この王の娘が、のちの王妃グィネヴィア。そしてグィネヴィアが嫁入りのときに持ってきたのが、あの「円卓」でした。上座も下座もない丸いテーブルに、騎士たちが対等に並んで座る。これが円卓の騎士の始まりです。
そして、もうひとつの宝物が聖剣エクスカリバー。実はマロリーの物語では、岩から抜いた剣とエクスカリバーは別の剣なんです。岩の剣は戦いの最中に折れてしまい、アーサーはマーリンに連れられた湖で、水の中から差し出された手から新しい剣を受け取ります。これがエクスカリバー。マーリンいわく、本当に大事なのは剣よりも鞘のほうで、これを身につけている限り、どんな傷を負っても血を流さずにすむのだとか。

円卓の騎士とエクスカリバーを得たアーサーは、戦いに勝ち続け、ついにブリタニア全土をまとめあげました。
ローマ皇帝まで倒してしまった王
アーサーの勢いは、島の中だけでは止まりません。
アーサー王物語の原点とされる、12世紀のジェフリー・オブ・モンマスの『ブリタニア列王史』では、アーサーはアイルランドやアイスランド、北の島々を従え、さらにノルウェーやデンマーク、ガリア(今のフランス)まで手に入れていきます。
これを面白く思わなかったのが、ローマ帝国でした。ローマ皇帝ルーシャスは「貢ぎ物を出して、ローマに従え」と使者を送ってきます。アーサーはもちろん拒否。両軍はフランスでぶつかります。
激しい戦いの末、アーサーはルーシャス皇帝を自らの剣で討ち取り、ローマ軍を打ち破りました。マロリーの物語では、そのままローマに入って皇帝の冠まで受けてしまいます。名もない少年が、ついにヨーロッパの頂点へ。

ちなみにジェフリーの版では、いよいよローマへ向かおうというその時、本国から「裏切り」の知らせが届きます。こちらのほうが、このあとの展開を思うとドキッとしますね。
円卓に聖杯が現れた日
王国が最も輝いていたころ、円卓の騎士たちの最大の冒険が始まります。それが「聖杯探索」です。
聖杯というのは、イエス・キリストが最後の晩餐で使い、十字架にかけられたときにアリマタヤのヨセフがその血を受けたと伝えられる杯のこと。実はこの聖杯の話、ジェフリーの『ブリタニア列王史』には出てきません。12世紀の終わりごろからフランスの詩人や作家たちが書き加えていった、いわば「追加エピソード」なんです。
ある年の聖霊降臨祭(キリスト教のお祭り)の日、円卓の騎士たちが集まる広間に、白い布におおわれた聖杯がふっと現れ、すぐに消えてしまいます。騎士たちは「聖杯をこの目で見るまで探し続ける」と次々に誓い、旅立っていきました。
このとき、アーサー王は涙を流したといいます。騎士たちがこうしてそろうことは、もう二度とないだろう、と。

その予感は当たりました。旅はとても厳しく、多くの騎士が命を落としたり、途中で引き返したりします。最後まで聖杯にたどり着けたのは、ランスロットの息子で、心の清らかな騎士ガラハッド、そしてパーシヴァルとボールスの三人だけでした。
三人がたどり着いたのは、カーボネック城。ここには、深い傷を負って何年も苦しみ、国まで荒れ果てさせてしまった王、ペラム王がいました。ガラハッドが聖なる槍の血で傷にふれると、王の傷はついに癒えます。
でも、物語はハッピーエンドではありません。聖杯を見届けたガラハッドは遠い異国で天に召され、パーシヴァルもやがて亡くなります。キャメロットに帰ってきたのは、ボールスただ一人でした。
最強の騎士と王妃の恋が、円卓を割った
聖杯探索で多くの仲間を失った円卓に、さらに大きなひびが入ります。
円卓でいちばんの騎士、ランスロット。アーサーからの信頼も厚かった彼は、王妃グィネヴィアと許されない恋に落ちていました。二人の関係は、騎士たちのあいだで公然の秘密になっていきます。
それを暴いたのが、アーサーの甥のアグラヴェインとモルドレッドでした。王妃は裁かれて火あぶりにされかけ、ランスロットが助け出します。ところがその混乱の中で、ランスロットはアーサーの甥で、円卓の仲間だったガレスとガヘリスを、そうと気づかないまま斬ってしまいました。
兄のガウェインは怒りに燃え、ランスロットへの復讐を誓います。アーサー自身は親友とも言えるランスロットと戦うことを望みませんでしたが、もう引き返せません。アーサーは軍を率いて海を渡り、フランスにあるランスロットの城を攻めることになりました。

カムランの戦い、そしてアヴァロンへ
アーサーが国を留守にするとき、留守を任されたのはモルドレッドでした。アーサーの甥、物語によってはアーサーの息子ともされる騎士です。
モルドレッドは「アーサー王は戦死した」とうその手紙を広め、自分が王になってしまいます。さらに王妃グィネヴィアを妻にしようとし、王妃はロンドン塔に立てこもって身を守りました。
知らせを受けたアーサーは急いで帰国し、両軍は最後の決戦へ。これが有名な「カムランの戦い」です。いったんは話し合いの場がもうけられましたが、草むらから出てきた蛇を斬ろうと一人の騎士が剣を抜いたのを合図に、両軍が一斉に襲いかかってしまいました。
戦いのあと、残ったのはごくわずか。アーサーは槍でモルドレッドを討ち取りますが、自分も深い傷を負ってしまいます。
アーサーは、そばにいた騎士ベディヴィアに、エクスカリバーを湖に返すよう命じます。ベディヴィアは剣が惜しくて二度ためらいますが、三度目に投げ込むと、水の中から手が現れて剣を受け止め、湖の底へ消えていきました。

そこへ、女王たちを乗せた一艘の小舟がやってきます。アーサーは舟に乗せられ、傷を癒すために「アヴァロン」という島へ向かっていきました。
アーサーは死んだのか、それともどこかで眠っていて、いつか帰ってくるのか。マロリーによれば、アーサーの墓にはこう刻まれている、と語る人が多いのだそうです。「かつての王にして、未来の王」。
アーサー王物語は、どこから来たのか
ここまで読んで、「で、アーサー王って本当にいたの?」と気になった方もいるかもしれません。
アーサーの名前が出てくる古い記録は、実はウェールズに残っています。9世紀に北ウェールズで書かれた『ブリトン人の歴史』には、アーサーがサクソン人と戦った12の戦いが並べられていて、最後が「ベイドン山の戦い」。10世紀ごろにまとめられたウェールズの年代記『カンブリア年代記』にも、ベイドン山の戦いと、「アーサーとメドラウト(モルドレッドのこと)が倒れた」カムランの戦いが短く書かれています。
ただし、それ以上のことは何も分かっていません。アーサーは、5世紀の終わりから6世紀のはじめごろ、攻めてくるサクソン人と戦ったブリトン人の指導者だったのかもしれない。あるいは、何人かの英雄の姿が重なって生まれた人物なのかもしれない。今も議論が続いています。
この「ブリトン人の英雄」を壮大な物語にしたのが、12世紀のジェフリー・オブ・モンマス。そこにフランスで聖杯やランスロットの話が加わり、15世紀にマロリーが一つの大きな物語にまとめあげました。ウェールズの人たちはブリトン人の子孫なので、アーサーはもともと、ウェールズの英雄だったとも言えるんです。
アーサー王物語をもっと楽しむために
岩から剣を抜いた少年が、ブリタニアをまとめ、ローマ皇帝まで倒す。でもその王国は、仲間との恋と裏切り、そして聖杯という大きすぎる夢の中で、内側から崩れていきました。
昇っていくときは勢いに乗ってどんどん広がり、崩れるときは一気に崩れる。なんだか、今の時代にもよく似たことが起きている気がしますよね。だからこそ、この物語は1000年近くたった今も、読み継がれているのかもしれません。
もっと詳しく知りたくなった方は、トマス・マロリーの『アーサー王の死』や、ジェフリー・オブ・モンマスの『ブリタニア列王史』を手に取ってみてください。日本語訳もあって、あらすじを知ってから読むと、ぐっと楽しめると思います。
アーサー王のモデルではないかと言われるウェールズの王さまたちについては、北ウェールズの王様たちの記事や白い歯の王オウァインの記事で紹介しています。アーサーの伯父にあたるアンブロシウス・アウレリアヌスの記事、アヴァロンの手がかりが出てくるリオタムスの記事、『ブリトン人の歴史』を書かせたかもしれないメルヴァン・ヴリッヒの記事もどうぞ。アーサーが生きたかもしれない時代の流れは、ブリタニア時代の記事でまとめています。





